誘惑に駆られています。
「名前をつけたい」という、誘惑です。
人間たるもの、訳の分からない現象に出会うと、名前をつけることで安心したくなるのが常。
そういうわけで、サイコキネシスとかサイコメトリーとか、予知夢とか同時夢とか、千里眼とか透視とかのコトバも生まれたに違いない。名前をつけたところでけっきょく正体はわからないのに、
「あれはつまり、サイコメトリーだよな?」
「ああ、そうだな」
という会話が成立すると、安心する。
それで、何かがわかったつもりになることは、もしかしたら危険なことかもしれませんけれども、、、!
「え?何が言いたいの」
と言われる頃でしょうから、本題に入りますと、
今回は、竹書房さんから出ている『高崎怪談会 東国百鬼譚』に収められている、「改竄」(かいざん)という極めて奇怪なハナシについて、です!
これを読み終えて、実に、落ち着かない気分に放り込まれているのです。
高崎怪談会 東国百鬼譚 (竹書房怪談文庫) [ 戸神 重明 ] 価格:715円 |
「改竄」(かいざん)は私に言わせていただけるなら、かなり「通好み」な怪談。
直接幽霊が出てくるわけでもなく、ヒトコワでもない。にも関わらず、これほど、インテリジェンス溢れる気持ちの悪いハナシもない。
要約すれば、
怪談採集者である籠三蔵さんが、奥様の会社の同僚から聞いた、関西の神社での不思議な出来事について、なのですが。
問題は、この怪談をインタビューで聞き出した後日談。
突然、あるときから、「そんなハナシはなかった」とされてしまう。そもそも怪談を話してくれた方も、インタビューに立ち会った奥様も、記憶がズレており、しかも気味の悪いことには、この怪談の取材ノートが消失している!
さあ、ここですよ!「通好みな怪談」と、私が言ったのは!
たまにありますよね、このパターン!
『怪談のシーハナ聞かせてよ。』で吉田悠軌さんが語った「123のピエロ」や、同じ『怪談のシーハナ聞かせてよ。』百物語スペシャルで狩野栄孝さんが語ったご実家の弟さんのハナシ、あるいは、竈猫さんが語る「山の牧場」も該当かもしれません。
すなわち、
怪談そのものもさることながら、怪談を語ろうとした人(あるいは怪談を記憶していた方)に何らかの障害が起こるパターンです。あるいは、それを取り巻く世界のほうが、とつぜん「そんな怪談はないよ?」と冷たくなるパターン、といいますか。この「改竄」(かいざん)は、それらのパターンの代表格といえるほど、特徴が全部含まれていると思いまして。
そして、たまにとはいえ、このパターンの怪談に出会うことがあるならば、そろそろ名前をつけて安心したくなってきませんか?!
「〇〇系怪談」でも、「〇〇現象」でも、なんでもいい。「そんな怪談はなかったよ?」と、怪談採集者(および怪談の聞き手)の記憶を、世界全体がとつぜん否定してくるという、このブキミなパターンに名前をつけて、安心したい!
名前をつけて、怪談好きの間での共通語彙にしてしまうことで、安心したい。そんな誘惑に、駆られているのです。
・・・などと思っているのですが、
しばらくしたら「『高崎怪談会東国百鬼譚』という本に、『改竄』(かいざん)なんてハナシは掲載されていませんよ?」と言われ、今度は私が、「あれ?たしかにその怪談を読んだはずなのになあ、おかしいなあ、、、!?」という奇怪な立場に回ってしまったら、どうしよう、、、!!
みなさん、『高崎怪談会東国百鬼譚』に、「改竄」というハナシ、ちゃんと載ってますよね?大丈夫ですよね?
私だけをアナザーワールドに置いてけぼりにしないでくださいね!💦
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